年の瀬も迫りくる今日このごろ。 皆様いかがお過ごしでしょうか。

manner.jpgなにかと宴席の多い季節、それほど親しくない人たちとも
食事をともにすることが多くなってきますね。
そこで気になるのが、食事するときの振る舞い。
いわゆるテーブルマナーだけでなく、話し方や食べるスピードなど、
細々したことでも気にしはじめるときりがないものです。
僕は神経質というほどでもないと思うんですが、
ぺちゃぺちゃ音をさせて食べたり、食器をカチャカチャいわせる人と
食事をすると、やはり気になってしまいます。
友達に聞いたところ、
・ポロポロこぼす人
・ステーキなどをとりあえず切り刻む人
・一口も食べてないのに香辛料などを入れちゃう人
・箸置きがあるのに使わない人
・箸は刺すものと決めちゃってる人
・「いただきます」「ごちそうさま」を言わない人
が気になるそうです。
「ごちそうさま」をいつも言うのは難しいかもしれないですけどね。
箸をめぐってはよく知られているように色々なマナーがあります。
でもあれか、おかずを連続して食べたら本当はいけないのか。
知らなかった・・・どんだけ飯くわす気だ。
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食事をする、という行為は、身も蓋もない言い方をすれば
血肉とするべく栄養を摂取しているわけで、もっとも動物的というか
本能まるだしになる時間、それは実はとてもデリケートな時間です。
食事を他人に見られたくないと思う人もいますし(食べる時に口を隠す)
逆に見られても全く構わないゲラゲラという人は、
マナー・ルール・遠慮・品位・様式が少なければ少ないほど、
自分を動物に近い存在として認めてしまっていることになります。
つまり文化的ではない。
文化とは即ち様式なので、ルールが込み入っているほど文化的
ということは、ある一面においては真実なんだと思います。
だから儀式と呼ばれるものは、しちめんどくさい程、高貴とされますね。
あるいは高貴さを演出するために、しちめんどくさく行われます。
「食えりゃいいんだ!」という人はつまり
「着れりゃいいんだ!」「住めりゃいいんだ!」という人でもある
わけで、まぁ最終的には「死ねばいいんだ!」という。
また、同席者に対しては礼儀正しくても、お店の人に対して
言葉遣いが乱暴だったり、態度が横柄な人もときどきいますね。
そういう人はたぶん、ある限定的な世界の中にいる自分しか
認識できていないのでしょう。そういう姿もまた見られているのに。
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食事の仕方は、人生に対する姿勢を象徴的に表すものかもしれません。
まぁそれを言ったらなんだってそうなんですけど。
聞いた話では、食事の好みや、食べる早さ(食べ終わるタイミング)
が似ている人同士は、肉体的にも相性がいいんだそうです。
食事が、それぞれの本能に接近する時間であることを考えれば、
なんとなく納得できる話のような気もします。
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人生に対する姿勢ということで言えば、
マナーは完璧なのになぜか食事してもつまらない人がいたり、
行儀が多少わるくても、楽しい気分にさせてくれる人もいます。
ですから、ただ型を覚えればいいというものでもないようです。
マナーのことなんて忘れてしまうくらい楽しくさせてくれる人
というのは、なにか人生の楽しみ方のツボのようなものを
直感的につかんでいる人なのかもしれませんね。