シュヴァンクマイエル展「GAUDIA」に行ってきました。


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神奈川県立近代美術館(葉山館)にて。

http://columbia.jp/dvd/titles/artanime/yan.html

このあいだ買ったDVD、映画「オテサーネク」の作者夫妻による
展覧会。過去の映画で使用されたオブジェや、その他の絵画など、
もりだくさんの内容でチェコからやって来ました。
これは見に行かねば!と思っていたところ、
会期中に妻のエヴァさんが急病で亡くなったことを知り、
わけもなく悔しいような申し訳ないような気持ちになりました。
20代のはじめに出会い、芸術的/社会的信念で強く結びついていた
夫妻であり、ファンとしてはとても悲しく、また、
これからは彼女の描いた絵が映画の中に登場しないのかと思うと、
損失の大きさに愕然とします。
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シュヴァンクマイエルの作品世界は、
中世的な魔術的事物が、現実を歪めながら、
あるいは本来の姿に戻しながら、跳梁跋扈する姿を、
そして普通の人々が神話のような類型化された境遇や関係に
飲み込まれていく様子などを描くことが多くあります。
この展覧会によせては、夫妻のこんな言葉が掲げられています。
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「GAUDIA」(ガウディア:ラテン語で悦び・楽しみ・慰みの意)は、
意識的であれ無意識的であれ、グロテスクで滑稽であり、
風刺的、諧謔的であるような作品のことであり、
しばしばエロティックな特徴を有している。
グロテスク・遊戯・魔術という聖なる三位一体は、
現代の実用本位で功利的な文明に対立するもうひとつの世界の
窓となることを目指している。
エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー &
ヤン・シュヴァンクマイエル
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おそらくイメージしやすい言葉としては「シュールリアリズム」の
手法に近く、シンプルさ、磨き上げられたスタイルとは対極にあります。
自分自身の無意識や強迫観念をむき出しにすることによって、
表面を取り繕おうとする理性や知性の霧を晴らし、それによって、
エネルギーに満ちた美しくも残酷な「世界の生の姿」を捉えようとします。
今ある現実は世界の真の姿ではなく、
本当の世界/本当の自分は、どこか感知しにくい所に
隠れている/隠されている/抑圧されているのだ、というモチーフは
芸術や心理学の分野でよく語られることではあります。
そうした認識の不確かさは、
もちろん時代的・社会的な状況の中で生み出されるものでもありますが、
もともと人間の精神構造の深いところに、そういう歪みがあるのかも
しれないという気がします。
デジャヴの存在についてはよく知られていますが、
その起こるメカニズムや理由については未解明の部分が大きくあります。
同じように、その存在を知っているからといって、
その存在の全てを理解できているわけではありません。
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みなさんが、「奇妙だ」「不思議だ」と思う瞬間はどんな時ですか?
あるいは、魔法や奇跡を感じる瞬間は?
割り箸がきれいに割れたとか、信号が連続で青だとか、
そういったことで結構です。
ただ、個人的に自分だけが感じているような独特なエピソードを
教えて頂けると嬉しいです。

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