横浜トリエンナーレに行ってきました。

http://www.yokohama2005.jp/jp/

2001年の第1回とはずいぶん雰囲気の違う、ざっくばらんな展示でした。
参加アーティストも減っているんじゃないかな?
いくつかの大きなホールに、ベニヤと、建築現場にある足場の骨組みとで
ブースが思い思いに組まれ、その中を歩いてめぐるので、
演劇のステージのオモテとウラを行ったり来たりしているような気分になりました。
良く言えばカジュアルで親しみやすい、
悪く言えば素人くさい”学園祭的な”展示風景、という印象。
これで損をしている作品も多かったように感じました。
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僕が好きだったのは、
さわひらき さんの「trail」という作品。
3×6mくらいの真っ暗なブースの中で、モノクロの映像が流れている
だけの展示なんですが、これが最高でした。
ラクダなどの動物のシルエットが、人間の日常のさまざまなシーンを
横切っていく、という内容。イメージがとても繊細できれいでした。
しんとしたイメージ。なにか大切なことを暗示しているようにも見え、
ただ単にとぼけているようにも見え……完璧…。 打ちのめされました。
会場に入ってすぐにこのブースに入ったんですが、これを見ただけで
もう来た甲斐はあったなと思えるくらい、気に入った作品でした。
「trail」は見られませんけど、公式サイトはこちら。

http://www.softkipper.com/index.htm

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それから、
ジャコブ・ゴーテル&ジャゾン・カラインドロス の
「天使探知機」が良かったです。
これもシンプルな展示で、
1つの壁面に入り口が2つある、3×3mほどのブース中央に、
直径20cmほどの太い試験管のようなものが伏せてあり、
その中に電球がある、という作品。
電球は音を感知していて、周囲が無音になった時にだけ、光る。
会話のあいまに訪れる沈黙、いわゆる「天使が通った」瞬間を検知する
というユーモアのある作品なんですが。
入り口のない、ブースの3面にはベンチが置かれています。
2つの入り口は1つの壁面にあるため、ブース内部は作品を囲んで
コの字型の通路のようになっています。
多くの人々は説明書きを読まないらしく、
ブースの中身がほとんど空っぽと言ってもいいくらい閑散としていて、
展示されているのも奇妙なガラスの器と電球が1つであることに
違和感を感じ、ときには失望や怒りをあらわしながら出ていきました。
そういう人々がたてる音が作品の成立を妨げているので、
周囲が無音になる瞬間を待っている僕は文句を言いたいのですが、
あえて声を出せば自分も、妨げる側にまわってしまうというジレンマ。
それにこのブースに入ってきた時には僕だって音をたてていたのです。
10分ほどベンチに座って待ちました。
人は途切れながらも入っては出ていき、電球はつきません。
しだいに、通り過ぎていく人々が、ハリウッド映画の観客のように、
刺激と情報量に満ちたエンターテインメント・アトラクションを
期待しているがために裏切られた表情になるのではないか、という
気がしてきました。
もしも、電球に、もともと点灯する機能がなかったとしたら・・・
これは観客の意識への批評としてはかなりクリティカルな表現に
なります。ほとんど悪意とも批判ともなりうるくらいに・・・
そんなことを考えながら、僕が電球をじっと見つめるのをやめ、
ぼんやりと床を見ていたとき、初めて電球が点灯したのです。
たしかその時、ブースには僕のほかに4人ほどの観客がいましたが、
ふと訪れたこの無音の感動的な瞬間に立ち会えたことを、
誰もすぐには認識できなかったようで、身動きひとつしませんでした。
それで電球は、次の観客が入ってくるまで、
おそらく2秒ほど(とても長く感じられましたが)点灯しました。
当たり前のようなことですが、電球は点灯機能を持っていたのです。
しかし半ば諦めかけていた僕にとっては、
たった1つの電球がついただけのことが、なにかとても貴重で繊細な
ものの一端に触れたような清々しい体験となりました。
そして、自分たちが普段どれだけ騒音を出しているか、
美術の展示を見に来る人々が、いかに説明文を読んでいないか、
しかしそういう事柄に対して声を荒げることもまた下品であるという
ような、そんななんとも言えない切ない気持ちにもなりました。
その後も15分ほどブースに滞在し、さらに2回の点灯を見ることが
できましたが、どちらも1秒たらずでした。
  沈  黙
ふだんの生活の中で、沈黙はあまり好まれません。
言葉がなくても通じるような間柄は貴重で、
そうではない関係での会話では、相手に反応し、同意したり反対したり
しながら、関係は結ばれていますよ、場は盛り上がっていますよと、
言葉をばらまきながらアピールしてしまう状況も少なくありません。
でも、多くの人は、実は1人の時間を大事にしたかったり、
言わなくても分かってもらえることを望んでいたり、
沈黙というものに大きな意味と価値を見出しているような気もします。
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みなさんは、沈黙が好きですか?
好きだとしたら、どんな種類の沈黙が好きか、教えて下さい。

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