映画「エイリアン」で、真に恐ろしいのは、
エイリアンが、腹を食い破って出てくるところ。
つまり「生殖を乗っ取られる」こと。

映画「リング」で、貞子が画面から出てくるのが恐ろしいのは、
危険が迫ってくるからというより
「幻想が現実を侵犯してくる」から。

越境するもの、流動し固定できないもの、
タブーを犯すもの、ルールを適用されないもの…
「領域侵犯者」は、社会を脅かす。

社会はそれを排除しようとするが、
注意しなければならないのは、
異物が外部から訪れるのではなく、内部から食い破って出てくる場合だ。
自分自身を排除することはできるのか?

誰かに罰を与えられ、それを受け入れた時…
「罰を与えられても仕方ない」と思うことで、自分自身を罰してしまっている。
これは2度目の罰であり、1度目の罰より傷は深い。

罰を与えられても
「自分は罰されることはしていない。これは不当な罰だ」と思う気持ちがあるなら、
どんなに痛みがあっても、ダメージは浅い。
魂までは、犯されない。

「プライドなんて邪魔なだけ」と思って生きてきたけど、このごろ、
プライドを持つ、あるいは意地を張ることについてポジティブに考えつつある。
「意地も見栄もない人なんて最低よ」

学歴コンプレックスって、根が深いなぁ。
親や親戚、友達、自分自身、時代、世代、金などから影響を受け、
大人になってからの行動や交友関係にも、大きな影響をおよぼす。
学歴そのものじゃなく、育った環境や歴史に基づくから、プライドも関わってくるし。

なぜ、間違えることを恐れるのだろう?
自分も他人も、信じることができないのだろう?
間違いを非難しているのは、誰だ?
プライドの裏にあるコンプレックス、その裏にある怯えは、
どこから来ているのだろう?

このところ考えている一連の内容は、育った環境や、家系に関わる、
長い時間を遡るテーマであることが分かった。

欲もあるし、甘えたいのに、甘えられなくて怯えているのか…。
親と違うように育つことで異物となり、
ある意味では否定され続け、間違いそのものとして扱われながら、生きてきたんだね。

エイリアンとして扱われたら、心が鬼になっても、
それと知らず毒を吐いても、仕方ないね。
どうしたらいい…?

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