10年くらい前、ポケモンの放送事故があったころ、
どこかの雑誌のコラムで、誰かがこんなことを書いていた。
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ポケモンの決めゼリフ「ゲットだぜ!」は、搾取の論理だ、
得る者と失う者を同時に作り出すグローバリズムだ、
本当に人々を幸せにするのは「ギブだぜ!」の精神なんだ・・・
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このライターがどこまで本気だったのかは分からないけど…(^^;
最近はちょっと共感できるような気がする。
むかーし、好きだった女の子を、
自分が気に入っているレストランに連れていったことがある。
次の週末、その子はべつの友達と一緒にその店に行った。
気に入ってくれたのはいいんだけど、何かひっかかるものが・・・
僕が彼女に届けたものは、ただのお店の情報だったのか?
いや、届けたかったものは、そうじゃない。
2人で気に入ってる店にしておきたかったんだよなぁー・・・
この違いを結局その子に分かってもらうことはできなかった。
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どんなにセンスが良くても、お金があっても、
目の前にあるものをただ受け取って使っていくだけなら、
しょせん消費者にすぎない。食い散らかしてるだけだ。
食べたいもの・欲しいものが目の前にないとき、
「じゃあ買ってきましょう」と考える人と、
「じゃあ作ってみましょう」と考える人とでは、
世界に対する姿勢がやっぱり根本的に違うのではないかな・・・
環境や状況や人間関係に対してクリエイティブでいられる人は、
その脆さや限界を知っているからこそ、自分で構築することもできる。
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重要なのは、自分自身を、答えの一部として、
この世界にどう定着させることができるか、じゃないかと。
人の精神の高貴さは、何をどれだけ持っているかではなく、
どれだけ人に分け与えられるか、で決まるのではないか?
人に色々なものを分け与えて、その人はどんどん失われていくけど、
そうすることで逆に、他の場所にその存在が強く
編みこまれて行くんだと思う。
こういうパラドックスを越えて、人は生きていくんだなぁ。
僕も自分の持てるものを、喜んでくれる人に少しでも
分けてあげられるような生き方をしたいです。
ギブだぜ!