テレビを見続けること、ゲームをし続けること、
パチンコで遊び続けること、ネットを見続けること、
これらはたぶん似てて、音と映像による刺激が脳を通過していく感覚が、
快感なんだと思う。

それが快感なんだと認識することは、けっこう重要だとおもう。
中毒性があって健康を害するタバコや薬物と、ある意味では同じだから。

さらに問題なのは、モニターを眺めて脳に刺激を与えるばかりで、身体がないこと。
身体を動かすゲームもあるけど、ごく一部。
脳だけが、情報による刺激の水槽に浸かっている。
脳の快感には限界がない(栄養がある限り)ので、より強い刺激を求める。

テレビ番組がより過激な内容になりがちなのも(消費者からのブレーキがない場合)、
ニュースがスキャンダルを追うのも、ネットが荒れるのも、これが原因かな。
より強い刺激、もっと強い刺激を、脳が求めるから。

仕事が忙しい忙しいと言いながら、本当は「仕事に逃げている」人って、
実はけっこういると思うけど、情報による刺激が、
脳を通過していく快感も、関係あると思う。
つまり、快楽に逃げている。身体は疲れても、脳が、痺れることで喜んでいる。

例えば、株や銀行など金融系ビジネスとか不動産など、
現物ではなく「情報」を扱う業界は殺人的に忙しいことが多いと思うけど、
儲かるという理由だけでなく、
情報に浸る快楽によって相殺される部分はあるのではないか。

モニターの中や仕事に「逃げている」場合、何から逃げているのだろう?
まず忘れられているのは身体だ。
そして、情報に埋没している当人の背中を見ている、家族や友人だ。
家族から逃げたくてパチンコに行くなら、子供を車の中に置き去りにしても論理的には理解できる。

アニメやゲームの影響で、若者や子供がおかしくなると言う人がいるけど、
現実から虚構に逃げているのではなく「現物」から「情報」に逃げているのだとしたら、
老若男女、国籍や貧富を問わず「おかしくなる」可能性はあると思う。
身体を見失ってしまったらね。

ネット廃人になると、ペットボトルに用を足したりするようになるらしい。
仕事が忙しいと、流し込めるものばかり食べるようになるらしい。
つまり、身体が、情報より下位に置かれるようになる。

どんな野菜が入っているか、味は薄くないか、
一緒に食べてる人はどんな表情をしているか、
テーブルの上には何があるかなど、周囲が消え去り
「食えればいい」「腹がふくれればいい」になっていくと、危険。

情報が脳を流れていくのが快感なら、食物が口腔内を流れていくのも快感だから
「流し込む」ような食べかた、その頻度が上がったら、要注意だと思う。
そば、うどん、パスタ、カレー。
ある営業さんは、毎日のようにカレーを食べている。

もちろん、カレーやラーメンを頻繁に食べていても
「流し込む」食べかたでないなら、何も問題ないと思う。
あるべき過程をすっ飛ばしていくような気持ちの焦りがなければ、大丈夫。

パーティー会場に着いてからだけでなく、
パーティー会場に着くまでの道のりも、
一緒に楽しめるような人と、パーティーに行きたい。

生きることは、過程の積み重ねでしょう。
エベレストの頂上にヘリで降ろしてもらっても、登山とは言えない。

ゲーム中毒、ネット中毒、仕事中毒、が危険なのは、
それが「永遠の過程」であることだ。
ハマると、出口がないし、出る必要もない。
身体が疲れるか、誰かが肩をたたくまでは。

身体が疲れるとか、腹が減るとか、飽きる、というのは、
けっこう大事なことなんだよね。

例えば、挽き肉や、すり身、粉ものなど
「一度こなごなにして再構成したもの」は、
誰かの手で「プロセス(情報化)」されたもの、と言うことができるかもしれない。

https://twitter.com/#!/casiomasasi

濾過生物

http://casiomasasi.com/activities/?p=205

情報と情報化(内田樹の研究室)

http://blog.tatsuru.com/2008/02/05_1118.php

 

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