当たり前すぎて、ばかばかしいと思う人もいるかもしれないけれど
このごろ考えていることを書いてみる。

【姫の衣装は身代金】——————————————

王家や貴族など身分の高い一族の姫が、
豪華な衣装を身に着けるのは「美しく着飾るため」という目的だけではなく、
誘拐された時に身代金として渡し、命を助けてもらうためだ…

という話を、ずっと前にどこかで読んだ。

どこで読んだのか覚えていないし、それが真実かも分からない。
そもそも、盗賊が衣装だけでおとなしく姫を生かして返すものかどうか…?
殺人は重罪だから窃盗だけにするという計算もありうるかもしれないけど。

ただ、この話から、長い時間をかけて、
いろいろなことを考えたので、つらつら書いてみる。

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時代と民族を問わず、多くの文化では
結婚する嫁は、持参金のようなものを婿の親族に納めてきた。
それはヤギや牛だったりする場合もある。

現代の日本では、男性が用意する婚約指輪が、給料の何ヵ月分という相場がある。
(バブル崩壊以後には減ったと思うけど)

こういった「財産」を相手に渡す行為には、

■いざとなったら売却できる
■なんらかのトラブルがあった際の保証のため

といった、保険の意味はあると思う。

まぁ僕は結婚したことが無いので、現在の日本で実際どうなのかは詳しく知らない。
経験者の方、教えてください。

【価値のある服飾品とは】——————————————

個人単位での、服飾品の消費について、
個人的に、財布と腕時計を買おうかと考えて迷っている。

腕時計については、大学時代からしていないのだけれど。

きっかけは、フィリピンで他社と交渉などをする時に
ある程度きちんとした物を身につけていることが
こちらにとって有利なアピールになると考えたから。

あるいは、自社のフィリピン人スタッフに、
自分たちのボスは経済的に豊かだと思わせることは
彼らのモチベーションアップにつながる可能性がある。

フィリピン人も知っている、それなりに高価なものでないと意味がないので、
国際的な知名度があるブランド品ということになる。

(結局ずっと迷っていて買ってないんだけど)

【ブランドという共通認識】——————————————

ブランドとは何か?
この定義には、品質、歴史、ステータスなど様々な意味があると思うけど、
この文章では、その金銭的な価値に注目してみたい。

■いざとなったら高価で売却できること

これは、ブランド品の一つの側面ではないかと思う。

売却できるということは、

■その価値が一般に認められて
■売買する人口が相当数あり
■その流通がコンスタントに行なわれる市場がある

ということだと思う。

だとすると、ブランドとは、
経済的な「価値の合意」「価値の共通認識」そのものと捉えることもできるかもしれない。

いずれにしても、
購入され、使用されたあと、再び売却されうる
という意味で、ブランド品とは

■一時的に手元に留まるだけ
■通り過ぎていく
■受け継がれていく

という「リサイクル」の性質を持っていると言えると思う。

【見せるための服飾品】——————————————

「共通認識」としての服飾について考えてみる。

服飾品についての常識とは、防寒とか清潔さとは別に、
「TPOに合わせ、その場にふさわしい格好でいること」
だと思うけれど、その究極の目的は

■人を不安にさせないこと
■信頼されること

ではないだろうかと思う。

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服飾品というと、衣服やアクセサリーを指すけれど、
おそらく今僕が考えていることの範疇には、もっと多くのものが含まれる。

化粧や、歩き方などの振る舞い、喋り方や、礼儀作法など
「あなたがどういう人間かを、周囲が判断するための材料」となるもの。

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典型的な例としては就職活動中のリクルートスーツ。
もう少し広い意味では、冠婚葬祭でどんな服装をするか。

日常生活でも「周囲の人と同じ文化圏に属していること」を表明するために
ファッションは微妙にコントロールされるものだと思う。

そこでは「役割」をどの程度、演じているか、はみ出しているかといった
「演者」の意思表明を(意識的であれ無意識的であれ)観測することができる。

【社会的機能・役割】——————————————

親として・大人として・子どもとして・男として・女として
社会人として・学生として・納税者として・軍人として…

与えられる「役割」を、しっかり担う(演じると言ってもいい)ことが
重要だということを、この頃よく考える。

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役割は「与えられる」ものである以上、時代や社会の制約を受けるので、
納得できず、受け容れられないこともある。
ただし、自分が「どんな役割が求められているのか」を知っておくことは重要。

理解した上で「この部分がイヤなので、ここは従えません」と
主張することは可能だと思うけど、なんとなくイヤだから漠然と反抗することは
状況を改善するどころか、ますます悪化させる可能性もある。

【個性はいらない】——————————————

「役割」を理解せず、
家族や、周囲にいる人を不安にさせるような格好や行動をする人は、
「自分は、あなたに管理されない人間ですよ」というメッセージを発することで、
個性をアピールできるかもしれないが、それは同時に
「私は、予測不能/理解不能な、信頼できない人間ですよ」というメッセージにもなってしまう。

あなたが、信頼されない人間であればあるほど、
重要な役割を与えられなくなるだけでなく、
困った時に、周囲の人から助けてもらえない可能性は高くなる。

だとすれば、周囲を不安にさせるような「個性」を主張することは、
生存戦略という意味からすると、リクスを増やす行為ということになる。

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感情・個性を、わざわざ表明する必要はない。
「演者」は、何かを受け継ぎ、繋げていくための、穴の開いた筒のようなものでいい。

ならば、ファッションは、印象に残らないくらいの方が良いのではないかと思えてきた。

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感情などのバランスを取るために、奇抜なファッションをする必要があるとしても
「金で買えるもの」で個性を表現しようとする限り、以下のような現象が起きてくる。

■自分より金を持っている人に対しては、常に資金面で不利な立場にならざるを得ない。

■自分より情報を持っている人に対しては、常に流行面で不利な立場にならざるを得ない。

■自分と同じ服飾品を身に着けている人が近くにいると、
 自分自身が、ありふれた、安っぽい、貧しい人間であるかのように感じられる。

■自分の個性を投影した、アクセサリーや化粧をしていないと、自分自身でないように思える。

これは、自由に「個性」を表現しようとして身につけたモノによって、
かえって不自由になるというような、おかしな状況ではないだろうか。

個性や、その人らしさ、というものは、金で買うものではない。
皆で同じ格好をしていても、にじみ出てくるものだと思う。

【流通するもの】——————————————

お金の使い方についてこのごろ思うことは
自分の楽しみのためだけに「使って終わり」というのは貧しいのではないだろうか、ということ。

豊かなお金の使い方の対象として思い浮かぶのは

■関わった人の美しい思い出になるべき、旅行や記念品
■そのお金がなければ人生が大きく変わっていたかもしれないこと(学費や医療費など)

まとめると、

■自分や、他の人の人生の中に、重要な位置を占めるもの

つまり、新たな「流れ」の一部になって、巡っていくようなお金。

未来に向かってお金を使うこと…

これを「投資」と呼ぶと、即物的で、
利益だけを求めるようなイメージになるかもしれないけれど、
そのお金を使ったことが、未来を作っていくような使い方というのは
一種の投資と言っても良いのではないだろうか。

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ただ、逆に、未来のためだと言って、
不自然な形で「節約」をしすぎて、日々の楽しみも失っていくような
お金の使い方もまた、貧しいと言えるのではないだろうか。

未来を見つつ、現在も犠牲にしない、
ほど良いバランスを探っていくということなのだろう。

ものごとの流れを、自分が関わる前より、少しだけでも
生き生きとした状態にすることが、豊かなことなんだと思う。

ブランドを身につけ(他者との共通認識を持ち)
流れに乗りながら(モノ/金が、人の人生を生かすようにリサイクルする形で使う)
生きていく「姫」たちが(何かを受け継ぐ空っぽの筒のようなものだとしても)
幸福な未来を作っていけるように願う。